私のダイエット経験

ダイエットは山あり谷あり

ダイエットはある程度は時間がかかるものです。何事もなく、順調に進めばいうことはありませんが、人生というヤツでしょうか。とかく、何かしら傷害となる事件、問題が起こったりするものです。

ダイエットを始めた途端に仕事で外せない会食が続いたり、海外出張続きで食事のコントロールが難しくなったり、いろいろなことがありえますが、極め付けに恐いのは、やはり病気と怪我かと思います。

実は、私もダイエット中とダイエット後に大きな怪我をしました。一回目は、体重が10キロ近く減って、最終目標に近づきつつある時期に足の指の骨折、二回目は落ちた体重をほぼ安定させることができるようになっていた時期に手首の骨折です。

一回目の骨折は、事故です。道を歩いていたら、建設現場から瓦のブロックが降ってきて、右足を直撃。親指の骨がくだけました。右のほお、膝をかすって、足に落ちたので、不幸中の幸いといいますか、20cmも前にいたら“この世にサヨナラ〜”でした。

医療費や慰謝料などは、建設会社の保険から支払われましたが、ダイエットの成果までは補償してくれません(苦笑)。足以外の部分が動かせるようになった時点(数日は痛みで苦しんだ)から、上半身のトレーニングを再開しました。カルシウム食品を一生懸命食べて。根性あったなー、私(笑)。

というか、何か障害があった方がモチベーションが上がる時ってありますよね。障害があるほど、燃え上がる恋のように。

骨折前は12%台に迫っていた体脂肪率が骨折後は15%くらいまで増えてしまいましたが、筋肉量の大きな下半身を動かせない状態では上出来だったと思います。完治に二ヵ月近くかかりましたが、歩けるようになって、数週間で同じレベルに戻ったように記憶しています。

二回目の骨折は、単なるお馬鹿。スケート場でふざけて、こけた時に変な角度で手をついて手首を剥離骨折。困ったことに、手首が使えないと、上半身のトレーニングはほぼ全滅。仕方ないので、今度は、下半身のみのトレーニング。

骨折の程度が軽かったので、一ヵ月かからずに上半身のトレーニングも少しずつ再開。この時は、体重、体脂肪率ともあまり大きな増加は起こさずに済みました。この時点では、すでに Kzoku の構想を始めていたので、「意地でも太れない」というのがモチベーションだったかと思います(笑)。

私の例はちょっと極端ではありますが、何かを始めると、“狙いすました”かのように問題が起こることがあります。問題によっては、一時ダイエットを延期した方が良い時もありますが、「できることをできる範囲で」続けることができれば、大きな自信になります。

ダイエットは、最初から「山あり谷あり」と考えておいて、常にその時点の「できることをできる範囲で」頑張ることができれば良いのではないでしょうか。

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私のダイエット経験その13

前回からの続き...

ダイエットを開始して2週間ほどで出張が終わり、日本に戻ってきました。体重計がないため、体重の減り方は分かりませんでしたが、家についた途端、「ん? やせた?」という家族のリアクション。

これです、これ! ダイエットをしていて一番うれしかった時というのは、やはり、ダイエットと知らせていない人に気付いてもらえる瞬間ですよね。

たった2週間の間でも、とりあえず家族には分かるような変化はあったのですが、残念ながらその時点で体重がどのくらいだったかは、よく覚えていないのです。まさか、自分のダイエット経験をもとに何かするなんてことは考えもしなかったので、やせ始めていることを人に気付いてもらえるだけで十分に幸せだったのです。

私は、もともと凝り性で、何かを始めると熱中してしまうタイプなので、無理のない程度で始めて、続くことで自信をつけて、効果が出てきて、人に気付かれてうれしい、という順番でダイエットをしたことは、結果的に、自分を上手にだますことにつながったようです。

そこで、さらに意欲が出て、単に食事の分量を減らすだけでなく、よく噛んだり、より野菜、果物を食べるようにしたり、食べる順番を変えてみたり、さらに、体力が増すにつれて、筋トレ量も増えて、と生活全般に変化が及ぶようになっていました。

次の米国出張時には、向こうの人に変わりようを驚かれ(人によっては「病気?」を心配してくれた、笑)、うれしくて自炊生活でもガンバリ通すことができて、この繰り返しで、ついには、約3ヵ後には60キロ近くにまで体重が落ちていたのです。

幸い、この間、体調不良も、停滞期らしい時期もなく、一気にやせた感じでした。前回に書いたように、ツライ空腹感も感じなくなっていましたし、途中からは、苦労よりも楽しさの方がはるかに上回っていたように思います。

デブっていたころに悩まされていた片頭痛もずいぶん楽になり、「医薬品メーカーに表彰状をもらわなければね」と話していた程、頻繁に買っていた頭痛薬もぐっと減りが遅くなっていました。

私にとっては、本当に良いことずくめでしたが、一方で「リバウンドしないだろうか...」という不安ももたげて始めてきていました。

続く...

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私のダイエット経験その12

前回からの続き...

本当に軽い内容から始めたので、楽ではありましたが、最初は肉体的な変化はほんんど感じていませんでした。

それでも、年に2,3キロという低〜い目標でしたので、焦る必要もなく、「運動ができる体になってきた」ということを楽しむ日がしばらくは続いていました。体重計がなかったので、体重の変化はわかりようもありませんでしたが。

体が運動に慣れてきて、欲も出てきたので、食事の改善にも取り組み出しました。もともと食事量がばかに多いとか、バランスがめちゃちゃということはありませんでしたので、ともかくも、試しに、白米の分量を減らすことにしてみました。

出張先で自炊でしたので、朝は玄米フレーク(大好きです!)+低脂肪乳、ゆでたまご、クレープフルーツ、昼は一緒に食べる人の都合に合わせて何でもOK、晩ご飯は肉、野菜はそのままで、白米を減らす、そんな感じでした。

アメリカでは、残った食べ物をお持ち帰りするのは普通ですので、もとの分量が多くても、キレイに残せば次の食事に回すことができます。昼食、夕食は、主に外食やテイクアウトでしたが、この仕組みにも助けられて、食べ過ぎることが少なくなっていきました。

ダイエットを始めて、半月ほども経った頃からでしょうか、ついに肉体の変化を自分で感じることができるようになってきました。まず感覚的に大きかったのは、空腹感の変化です。

一番太っていた頃は、スゴイ満腹→少し時間が経つと→せつない空腹感、という感じで、満腹と空腹のシーソーのような状態でした。また満腹の時には、かなり膨満感がありました(苦しかった)。

それが、このころになると、空腹感が何か楽になって、“せつない”という感じはなくなってきました。逆に、空腹だと「おぉ〜、いま痩せ中!」と心地よく感じることまであって、いやー、人間って不思議なものです。

そして、ついに、ズボンに余裕を感じるようになってきました。毎日繰り返していた腹筋運動のおかげもあって、自然にお腹に力が入るようになり、横から見た時のポコーンとして出っ張りが小さくなりつつありました。

「これは、ひょっとして、ひょっとするぞー!?」

ダイエットが、ますます面白くなりつつあったのです。

続く...

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私のダイエット経験その11

前回からの続き...

今思うと、不思議なことなのですが、ダイエットを始める前、その時点の体重を計ったりすることはしませんでした。普通なら、ダイエット前後の差が分かるように計ると思いますし、計るべきだとは思います。

でも、日米を行き来している生活の中では体重を計るということ自体、続けるのは容易ではなかったのと、その期に及んでも、まだ「体重を減らすのではなく、脂肪と筋肉の比率を変えれば良いこと」と強がっている自分があったのだと思います。

ともかくも、軽い筋トレを始めて3日目あたりで、「おっ、ついに、三日防止達成じゃない!」と少し楽しくなってきて、一週間を過ぎると、「もうリハビリでなくても良いんでない?」となってきました。

筋トレの種目ごとに、腹筋などは1日1回ずつ、腕立てなどは3日に1回ずつといったペースで回数を増やしはじめました。毎日実行するためには、翌日筋肉痛を感じるほどの強度にするのは、かえって逆効果と思い、あくまでも無理のない程度で少しずつレベルを上げていきました。

10日目を過ぎる辺りになると、自分の中で何かが変わり始めていました。
それまでは、自分の肉体や健康のことになると、反射的に“ふれたくもない話題”と感じたものなのですが、それが「いま、自分は変わり始めているぞ!」と前向きな気持ちの方がまさるようになってきました。

ダイエットを始める前の自分は、いろいろ理由を付けて正当化してはいても、心の深層では「自分は問題から逃げている」ことを知っていたのです。だから、健康や肉体の話になると、嫌悪感を感じたのです。

ところが、ついに自分はその問題に正面から立ち向かい始めているのです。まだ目に見える効果はなくても、「もう逃げずに、立ち向かっている」ということだけで、何か勇気が湧いてくるようになっていました。そして、食事も含めて、できることを増やしていこうという意欲が出てくるようになっていたのです。

良い循環が回り始めたのです。

続く...

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----追記----
私は、Kzoku の他のユーザの方、ライバルの方にメッセージを送るのが好きで、日課のように何通か送っています。その時、方法論についてはあまりコメントしないですが、「まずは続けられる内容で」とよく書きます。それは、「小さなことを続けて自信をえる」という自分自身の体験からきているのです。

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私のダイエット経験その10

前回からの続き...

“1年で2、3キロ”という低い低い目標でスタートした私のダイエットですが、「絶対に挫折しないように」という点だけは、強い気持ちを持っていました。

「絶対に挫折しないように」→「挫折するようなことはしない」という考えをもとに、運動だけ、しかも少し走っただけで呼吸困難になった経験があったので、まずは本当に軽いリハビリ・レベルから始めようと考えました。

ジムに行くだの、外を走るといったことは、「挫折するようなことはしない」という点でダメでしたし、もっと手軽に“ながら”でできるものを始めてみることにしました。

初日の運動は、寝る前の時間を使って、テレビを見ながら、膝をついた腕立て伏せ10回、足上げ腹筋20回、腹筋20回、背筋20回、ベッドに手をついた状態の負荷の軽いスクワット30回。一応、全身をまんべんなく動かすことを考えたメニューにしました。

こういった運動を試した方なら分かると思いますが、上記のような回数は、一旦始めてさえしまえば、あっという間に終わってしまいます。それなりに大変ではあったのですが、あまり疲れた感じがないことで、もう少し何かしないと効果もないのではないかと思ったのですが、一応それで終わりにしておきました。

しかし、翌朝起きてみると、全身、筋肉痛。「う〜ん、やはり、要リハビリだな〜」と思いつつ、筋肉痛の強い場所は、できるだけ無理をせずに、同じような運動を続けてみることにしました。

続く...

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私のダイエット経験その9

前回からの続き...

私のダイエット経験その2にあるビフォー写真は、家族がサンノゼに来た時に、現地の焼き肉屋に行った時のものです。

結局、家族を日本に送り戻すまで、特にこれといった妙案が思い浮かばなかった私は、自炊生活の始まった日、バスルームにある全身鏡で裸の自分を見ていました。普段は、無意識にお腹を引っ込めるクセが付いていたのですが、試しにお腹の力を完全に脱力すると、せり出すわ、せり出すわ。あまりに前にせり出すので、腕を回したら、自分のお腹をダッコできてしまいました(苦笑)。

事態の深刻さを改めて認識した私は、こう思いました。「急に成果を求めても自分のことだから挫折するに違いない」、「今度は失敗できないから、無理はしないで、一歩ずつ取り組もう」、「まずは気合いを入れ過ぎないで、“ダイエットのためのリハビリ”と考えて、始めよう」。

食事やら、運動やら、その他もろもろ、いっぺんに始めても続かないことが目に見えているので、「まずはたるみ切った体を復活させるために運動だけから始めよう、それもリハビリ的なレベルから」。方針は決まりました。

目標は、“1年で2、3キロ”
低すぎる目標かと思われるかもしれませんが、いつも高い目標を立てては自滅する自分にとっては、これで結果的に正解だったのです。「来年ここ(人間ドック)に来た時、2キロでも減っていればそれは『よく頑張りましたね』』ということなんですよ」という最後に行った人間ドックの医師の言葉がここで役に立ったのです。

ともかくも、ようやく私のダイエットが始まりました。

続く...

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私のダイエット経験その8

前回からの続き...

小さいながらも私も会社を経営する立場になっていました。小さい会社だからこそ問題なのですが、もし業務の中心にいる自分に不測の事態が起こるようなことがあれば、自分の家族だけでなく、スタッフやスタッフの家族の生活にも影響は避けられません。

「責任重大だ。。。」 常々そうは思ってはいても、いざ本当にその事態を実感させる出来事があるまでは、実際にはありえない、何だか遠い世界のことのように思っていたのが正直なところです。しかし、日頃の不調と呼吸困難事件があって、もう生活改善は待ったなしです。これ以上、できない理由を探して逃げることはもうできません。

そこで、具体的には、「いつから?」、「どんなふうに?」が問題になりました。当時、海外出張で年の半分近く家を留守にするような生活をしていたこともあって、「こんなところで仕事をしているんだよ」と見せる意味もあって、家族を現地(カルフォルニア州サンノゼ市)に連れて行く予定が入っていて、その日程が1週間ほどに近づいていました(家族が移動できるだけのマイレージが貯まっていたのです、笑)。

家族で移動して外食(しかもアメリカンサイズの食事)を繰り返す間は、食事量を減らすことは無理に思えたので、そこまではスッパリあきらめて、家族を日本に送り出して、現地で自炊生活が始まるタイミングをダイエット開始日と決めました。

開始日が決まれば、次に「どんなふうに?」が問題です。この時点の自分には、何をどう手を付ければ良いのか分かりませんでした。どうしたものか漠然と考えながら、時間が過ぎていきました。

続く...

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私のダイエット経験その7

前回からの続き...

まだ寒さの残るある週末、上野に住む友人にインターネットの接続環境の設定を頼まれました。久しぶりに会って話もできるし、お礼が“夕食ごち”だったので、喜んで手伝いに行くことにしました。

設定は簡単に済み、東天紅で楽しく盛り上がりながら、軽くビール(中ジョッキ一杯)を飲み、中華料理に舌鼓を打ち、十分に話と食事を堪能してから、友人に別れを告げました。山手線を半周して、西武線に乗り換えようとしていた時、ちょうど準急が出発しようとしていたのです。

「おぉっ、あれに乗りたいな」と階段を駆け上がり、電車に飛び乗ったところまでは、特に問題なかったのです。しかし、電車が動き出した頃、体に異変が起こっていたのです。

「サーッ」と血の気が引いて、意識が遠のき、しかも、息を吸おうと思ってもなぜか空気を吸い込めないのです。「息が苦しいっ」。もう自力で立っていることもできません。まわりも異様な雰囲気になっています。ドアのすき間からもれ来る冷気を求めて、ドアにへばり付いて、「早く停車してくれ!」と願ってはみたものの、準急はすぐには止まりません。次の停車駅までの10分は生涯でもっとも長く感じた10分でした。

遠のく意識の中で、「ひょっとして、死ぬ時ってこんなものなのかな?」。ふと、そんな考えが脳裏を横切りました。

ようやく止まった駅でベンチに倒れ込んで、救急車で病院に担ぎ込まれました。酸素吸入と点滴と受けて、2時間ほどで落ち着きを取り戻しましたが、この事件は大きな教訓となりました。

「この生活を変えないと本当に死んでしまうかも」。あまりのショックと家族に心配をさせたくなかったこともあって、ダイエット後までこの事件は誰にも話さなかったのですが、ついに私は生活改善から逃げることはできない状況に追い込まれたのです。

続く...

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私のダイエット経験その6

なかなか前振りが終わりません(笑)。

先の人間ドックでは、十二指腸潰瘍の瘢痕も見つかり、別の医師から「あまり空腹にしすぎないように」という指導もありました。

当時の生活パターンは、遅い朝食、昼食を食べて、うーんと間を明けて、深夜に夕食だったので、夕方に軽く何かを食べるようにしてみました。しかし、食事の分量を調整することができない私は、その分食べる量が増えてしまい、ますます丸々していくことになるのです。

その頃から、サイズの増加だけでなく、いろいろな弊害が出てくるようになりました。
足の爪切りが辛い、ものを拾う時にお腹がつっかえるといった軽微なものから、ベルトが食い込むためかベルト下(トランクスのゴム辺り)に湿疹が出てノーパンで寝ざるをえなかったり、ヘルペスで熱を出したり、寝ても覚めても片頭痛が抜けなかったり、電車や信号で間に合わせようと走ると呼吸がヒューヒューゼーゼーしたり、と生活にも支障が生じるようになってきました。

折しも、仕事の関係で日米を数週間単位で行き来する生活になり、時差とアメリカンな食事量も加わって、肥満度と体の不調はピークを迎えていました(ビフォー写真の頃)。悲しいことに、それでも私はある出来事までは、ダイエットをする勇気を持つことができなかったです。

(「その時歴史は動いた」風のナレーションで)
そして、私はいよいよダイエットと向き合う覚悟を決める出来事に遭遇することになるのです。

続く...

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私のダイエット経験その5

1999年、世はバブル崩壊で深刻な不況でしたが、天の邪鬼な私は、今こそチャンスだと考えて(もちろん他にも理由はありましたが)、SOHOスタイルの有限会社から人を雇用して株式会社に組織変更を行ないました。

孤独な一人仕事状態から脱却して、仲間ができたことは、とても楽しかったのですが、チームとしての仕事の仕方が整っていなかったこともあって、忙しさはますます増していきました。それこそ、「自分の体なんてかまっているヒマはない」という状態で、腹回りのサイズがじわじわ増えていることを感じてはいても、ダイエットをするような時間的、精神的余裕はありませんでした。

35歳から人間ドックを受けるようになりましたが、初回は「少し注意した方が良いですね」だった医師の評価が2年目には「このままいくと病気になってしまいますよ」と警告度がアップしていました(この時がダイエット前の最後の体重計測)。

「食べる量はそれほど増えてはいないのですが」という私に、医師は「もう若い頃のように食べてはいけないのです」、「一気に体重を減らすのは難しいでしょうけど、例えば、来年ここ(人間ドック)に来た時、2キロでも減っていればそれは『よく頑張りましたね』ということなんですよ」と諭してくれました。

クールな感じの女医さんに優しく諭されたこの言葉が、後にダイエットを始める時、大きな指針になるのでした。

続く...

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